
もうこれは空港の敷地内?ではないかと。。。躊躇してしまいそうな場所でした。

飛行機もすぐそこに見えています。

そして、最も奥まった場所にありました。

宮崎海軍航空隊跡。

日章旗ですね。

海軍一等飛行兵曹 伊藤 勲
「何も書くことはありません。ただ、御両親様および久美子の健在を祈るのみ。勲(いさお)は決して人におくれは取りません。潔く散る覚悟です。目標は正規空母です。十日くらいしたら、上野君に便りを出してください。写真は受け取ったと泣かずにほめてください。幸多かれと祈ります。親戚の皆様によろしく。幸養を頼むぞ久美子。安(やすし)よがんばれ。」
神風特別攻撃隊第六菊水隊 享年20歳
訓練基地だった赤江飛行場(現:宮崎空港)は昭和19年特攻基地になりました。
遠くまで飛べる爆撃機が主に赤江飛行場から飛びたったそうです。
飛び立ったのは一式陸攻、銀河で、海軍が344機、陸軍が200機、合計544機(715名)の人々が飛び立って、再び帰ることはなかったそうです。
慰霊碑です。

特攻された方の名簿も各隊毎にありました。

「遺詠」歌碑(かひ)

お供えの黒霧島、赤霧島が何故か悲しい。

ソラシドエアが着陸してきてふと我に返りました。

空港ターミナルからも非常に近いです。
是非見学されて御霊に参拝されてはいかがでしょうか。