当ブログ初めての「旅」は2007年11月の事でした。
私はE社に在籍中で仕事も何もかも絶好調だったなぁ。。。
旅は職場のU先輩夫妻とご一緒させていただきました。
私がSPG会員になったのは2002年でそれからは既に5年が経っていたわけです・・・が
今思えば2002年、いや・・・もう少し前(ホテルオーシャン45時代)からの画像を残しておけば・・・・と悔やまれます。
しかしこればかりはもうどうしようもありません。
ですが、この当ブログ第1回の旅でも懐かしい画像が出てきます。
その、まず第1は羽田=宮崎線にB747(ジャンボジェット)が就航していた事です。
当初の予定では搭乗機材はB777-200だったのですが、機材変更があってB747-400に搭乗することになったのでした。
さらに2年ほど遡るとB747SRさえも現役だったのですが残念ながらSRの画像はありません。
-400よりこじんまりした2階席がスーパーシートになっていて好きでした。
しかし、宮崎線でB747を利用するのはこの回が最後になります。
この後747は羽田=福岡、羽田=千歳、羽田=那覇 の3路線でのみでの運行となり順次退役。日本の国内線旅客便からは全て消えてしまいました。
他にも八潮、花洛(天ぷらコーナー)、ビジネスセンター、旧コンシェルジュ、旧アクティビティセンター、グランシャリオ(オーナーズカスク)、空海、KOKI君@パシフィカなどが登場します。
今はSGOR内にもコインランドリーがあありますが、当時はラグゼ一ッ葉やサンホテルにあるコインランドリーを利用したり。。。
この記事は相当古い情報になるのでこれからシーガイア行こうかな。。。
って方は参考にならないかな(;´∀`)
とにかく初めての報告という事で、シーガイアの施設の紹介やら駅、空港、港の紹介などもあります。今見れば今更感もあるのですが初めてという事で一生懸命伝えようとしていた。。。という事でご理解いただければと思います。
最新の情報は各施設にお問い合わせくださいね。
では行ってみよ――――!!
輝ける第1回はANA609で宮崎へ!
ほら。ジャンボでしょ*1
レッツフライト!
宮崎空港に到着したANA609 隣にいるMDとともにB747の貴重な一枚になりました。
1泊目は宮崎観光ホテルに宿泊。
クラブフロアを利用しました(いろいろ訳アリます)
当時はクラブラウンジ凄かったんですよ(今は・・・確か無いのかな)
部屋からは鉄分補給。しかも485系だし~!!
1泊してチェックアウト!おせわになりました!
県庁。
この頃東国原氏が宮崎知事になり物産館は異常ともいえる盛況ぶり。
見て~*2 当時の園内バス。繁忙期じゃなくてもイオンに行ってたの\(◎o◎)/!
チェックイン後、今は無き空海へ。
当時からここで写真撮ってたなぁ。
パシフィカ
当時のクリスマスのイルミはシンプル。。。
そんなこんなでおやすみなさい(シェラトンスリーパーになる前のベッド:ショボく見えるね)
朝食は旧ニニギベーカリー
当時はお惣菜も充実していたのでした。
グランシャリオの方がよく利用してたかなぁ。
オーナーズカスクって言うのがあってね。これをキープできるシステムがあったんですよ。
こんな景色見ながら飲むと最高。。。
今は自分のお店のオーナーになったけど、当時のKOKI君はパシフィカでその技を披露していたんですよ。
また朝が来て。。。
クリスマス近し・・・か。
シーガイア内の画像が欲しかったので動物園から始まって・・・
今は無きフェニックスボール
これも同じ。サンホテルフェニックス(シェラトンフェニックスゴルフリゾートの時代もあった)
オーシャンドーム
今にもオープンしそうな感じですね~
その流れで宮崎港FT
フェリーの事も紹介。
宮崎空港。
ソラシドエア(スカイネットアジア航空)旧塗装。
宮崎空港駅。
宮崎駅切符売り場。知事がどこにでもいたなぁ。
ランチは「おくの」へ。「きっちょう」から名前が変わったばっかりで看板もなかったよ。
これが最高だよね。
SGORに目を向けると。。。
旧コンシェルジュ
旧アクティビティセンター
PCを持って行かなかった時代でしたのでPCをよく借りたなぁ~(;´∀`)
ビジネスセンターのPC
アクティビティセンターのPC
色々ありがとうございました!
夜の街に出るのは同じだけれど面子が全く変わってしまった。。。
旧 八潮
櫂
花洛
花洛の奥の天ぷらコーナー
かろうじて見つけた!クイーンアリス・アガペ。
帰る準備をして・・・
チェックアウトの時・・・
第1回も復路は610便*3ヶラヶラ
B777でしたよ。
旅の終わり。。。。
第1回をUpしたとき、まさか当ブログがここまで続くとは思いも及びませんでしたし、仕事も私生活も現在のようになっているとは・・・分からないものですね。しかしまぁ。全てはここから始まったわけです。
そんなことを感じながら第1回の旅を振り返ってみたのでした。